2021.07.09

山岳小説の傑作「神々の山嶺」の全てを5分で読破

山岳小説の傑作「神々の山嶺」の全てを5分で読破
こんにちは!管理人の松浦です。

今回は私がこれまでに読んだ山岳小説の中でも傑作と名高い「神々の山嶺」をあなたにシェアします。

登山に少しでも興味があるならば、誰もが一度は夢を見るエベレスト登頂。しかし、そのほとんどは実行に移すことができず夢半ばで諦めるか、夢のままで終わります。もちろん私もです。

そんな中、周りの人間からなんと言われようと、資金が底を突こうと、たった一人になろうとその夢を追い続けたある天才登山家の物語です。

幼い頃、誰もがそれぞれの夢を持ちました。しかし、成長に従い夢を忘れ、現実の中で生きることを余儀なくされます。あなたにも当てはまりませんか?

しかし、その男はどんな苦境に立たされようと、自分の人生をかけて夢を追い求めます。そんな生き様をぜひ体感してみてください。

それではどうぞ!

山岳小説の傑作「神々の山嶺」と出会った私

私と小説「神々の山嶺」との出会いは、原作者である夢枕獏を経由したものでした。と言っても別に原作者に直接お会いできたわけではありません。

約10年前、当時ビジネスマン向けに発行していた月刊誌「KING」で、夢枕獏氏は自身の旅行記の連載を持っていました。わずか2〜3ページの短い連載ページでしたが、その文章は知性に溢れ、ユーモアセンスに富み、人を惹きつけるに十分な魅力を持ったものでした。

[わたし]
なんでもいい!この人の著書を読んでみたい!


そんな強烈な願望を持ち、すぐにyahooで夢枕獏氏の著書を調べてみました。数々の小説タイトルがヒットしましたが、ジャンルに偏りはなく、オカルト、SF、時代物、格闘技と多岐に渡っていました。

そんな中で一際私の目を引いた小説が「神々の山嶺」だったのです。夢枕獏氏の代表作ともいうべき作品とあり、何よりも私自身が登山にのめり込み始めた頃だったということもありました。

数日後の仕事帰りに、大阪は梅田の大型書店「紀伊国屋」へと立ち寄り小説コーナーを物色するとすぐに発見、分厚い単行本の「神々の山嶺」が上下巻に別れて陳列されていたのです。

1ミリも迷いことなく、ただちに上下巻を手にしてレジへと走り、ウキウキ気分で帰路につきました。

その日はちょうど金曜日。再び出勤する日までの2日間、私は「神々の山嶺」の世界に没頭することとなったのでした。
羨ましすぎます!!

もちろん日本全国津々浦々に山は存在しますが、特に関東の山は標高が高く美しい山が多いのです。

私は現在大阪に在住です。
関西周辺の山には登り放題ですが、関東の山に登るには、時間も交通費等もかかり結構大変なのです。

転勤で関東の茨城県へ!!
ですが!!

実は今から5年ほど前、本当にラッキーなことに、当時所属していた会社の命令で茨城県に転勤していたので、関東の山の経験をかなり積むことができたのです。

5年前といえば、ちょうど関西以外の地域の山に興味を持ち始めていた頃でした。

そんな私にとって、関東への転勤はまさに渡りに船!
転勤を命ぜられた私に周りの同僚は同情してくれましたが、私は内心ウキウキでした 笑

[わたし]
転勤先の仕事に一刻も早く慣れてから、まずは南アルプスに登って、八ヶ岳に登って、谷川岳登って・・・


と、仕事のことなどほとんど眼中になく!?転勤初日から山に登ることで頭がいっぱいでした。

転勤先では本当に、毎週土日にどこかの山に出かけるつもりでしたが、そこはやはり仕事で来ている身。

たまーに休日出勤をせざるを得ない場合もあり、さすがに毎週山へ!というわけにはいきませんでした。

それでも約6年間に及んだ転勤生活で山に登った回数は150回以上、登った山は約30座!

(ちなみに山の数え方は色々ありますが、このサイトでは「~座」と数えることにします)

[あなた]
ん?150回以上も登って、たったの30座!?

とあなたは思うかもしれません。

実は転勤当初「関東各地の数百もの山全ての頂上に立つ!!」という目標を立てたのです。
(仕事しろよ・・という声が聞こえてきそうですが 笑)

しかし実際に登ってみると、登ってて本当に楽しい山、また何度も登りたくなる山がいくつもあったのです。

「関東の山を制覇するには、次は別の山に挑戦したいけど・・・またあの山に登りたい!」という欲求に何度も襲われ、6年間はあっという間に経過。

結局「関東各地の数百もの山全ての頂上に立つ!!」という目標を果たすことはできませんでした。

数百ある関東全ての山を制覇するよりも価値あること
それで150回も登山したにもかかわらず、結局制覇した山の数は約30座・・・というわけなのです。

それでも30もの山を制覇することができたのは、本当にラッキーでした。

大阪在住のままだと、これだけの数の山を制覇することは非常に困難ですし、実際に登ってみて初めてわかる山の魅力をより深く知ることができたのです。

これはもしかしたら関東の山全てを制覇するよりも価値のあることなのかもしれません。

これは関東の山に限ったことではありませんが、どんな山にも様々なルートがあります。

例えば、北側から登るルートと南側から登るルートがあったとします。

一方は初心者向けの簡単で安全なルート、他方は断崖絶壁をロープを使って登る上級者向けの危険なルート・・・といった感じで、たった1つの山でも様々な登り方があるのです。

私が6年間の間に制覇した30座もまた、様々な登り方を楽しむことができる素晴らしい山でした。

私の場合、初めて挑戦する山について、まず初心者向けのルートで頂上まで登ります。最も簡単なルートで登るわけです。

その山のさらなる魅力の可能性を感じたら、また別のルートについてネットで調べ、後日そのルートに挑戦します。

そうしてその山の魅力を肌で感じたら、今度はさらに上級者向けのルートに挑戦します。

そうして、30座それぞれの山について知り尽くしていったのです。
もちろん1度目、2度目でそれ以上の魅力を感じずに登山をやめた山もありましたが。

関東各地の山の素晴らしいところは、1度目や2度目で登山をやめてしまった山がほとんどなかったということなのです。

今思い返してみても「また登ってみたい!」と思わせる山ばかりなのです。

今回登山初心者のあなたにシェアする山は、私が6年間に制覇した30座の中から選りすぐりの山で、しかも初心者向けのコースです。

[あなた]
登山してみたいけど、どの山に登ればいいかわからないよ・・・


そんなあなたが最初に登る山は、魅力溢れる山でなくてはなりません。

そうして登山初心者のあなたに登山の魅力を肌で感じていただき、そしていずれあなたと共に山を登りたい!

そんな私のささやかな野望を叶えるために、あなたに関東各地の最高の山をシェアします。

山の魅力をぜひ感じてください!

山岳小説の傑作「神々の山嶺」そのあらすじ

あらすじをザックリと説明するならばこうなります。

"超人的な精神力と天才的な登攀技術を持った登山家である羽生丈二が、前人未到のエベレスト南西壁冬期無酸素単独登頂に挑む姿を描いた小説"

とは言っても、単純な「登山家出ある羽生丈二の最難関エベレストルートの登頂を描いた山岳小説・・・」ではありません。

他人との馴れ合いを極端に拒み、自分が卓越した登山技術の持ち主だと自覚しながら、単独行にこだわり続ける羽生丈二

複雑な事情を経て、羽生丈二に関わりを持ち続けようとする登山家兼カメラマンの深町

また、イギリスの登山家ジョージ・マロリーが1924年にエベレスト登頂を果たしたのか否かという現実に存在する登山界最大の謎も織り交ぜながら、物語はある種ミステリーの要素も含みます。

基本的には山岳小説でありながら、ミステリー小説の要素も含み、またオカルトとまではいかなくともそれに近い形で登山というものの厳しさ、過酷さが非常に精密に描かれています。

登山について熟知しているつもりだった私ですらこの小説を読んで、改めて登山というものの厳しさ、過酷さに身震いしたことを覚えています。

そんな「神々の山嶺」を読んだことのないあなたのために、ここで簡単にストーリーを紹介します。

ただ、もしあなたが「後で読むつもりだから、今ストーリーは知りたくない!」と言うのであれば、ここから先を読むことはオススメしません。

では、どうぞ!

物語の舞台はネパールの首都カトマンズ。カメラマン兼登山家の深町が、古道具屋である古いカメラを購入したところから始まります。

1993年、深町はエベレスト登山隊に参加したものの、2人の仲間を失った挙句登頂を果たせず、失意のままネパールの首都カトマンズを彷徨っていました。特に目的があったわけではありません。ただ、活気に溢れたカトマンズの町を歩いていると、励まされているような気になるのです。

そんな中、ふと立ち寄った古道具屋の古ぼけたカメラに釘付けになった深町。カメラには「BEST POCKET AUTOGRAPHIC KODAK SPECIAL」という文字が刻まれていました。
「このカメラはまさか・・・」

店主の了解を得てカメラを手に取り、深町のある疑念は確信に近いものへと変わりました。「おそらく間違いない。このカメラだ・・・」深町の背に不思議な戦慄が走り、その手は動揺のあまり小刻みに震えていました。

このカメラについては1924年まで遡ります。その年、イギリスのジョージ・マロリーという登山家がエベレスト登頂に挑戦しましたが、遭難しそのまま帰らぬ人となりました。
ジョージ・マロリーの足跡は、彼が落としたピッケルが発見された場所から推測することができ、そこからある疑問が浮かび上がりました。それが今日に至るまで、エベレスト登攀記録史上の最大の謎とされているのです。そのある疑問というのがこれです。

「ジョージ・マロリーの遭難はエベレスト登頂前か登頂後か」

人類史上初、エベレスト登頂を果たしたエドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイ。その正式な記録は1953年とされています。
もし、ジョージ・マロリーのエベレスト登頂を決定づける証拠が発見されたとすれば、エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイよりも30年近く前に、ジョージ・マロリーによりエベレスト登頂がなされたことになります。

深町が手に取ったそのカメラは、ジョージ・マロリーがエベレストに持ち込んだカメラと全く同機種です。今でこそ同機種のカメラが何万台も量産され、全国の家電量販店で販売されていますが、当時カメラは珍しく、しかもカトマンズにジョージ・マロリーが使っていたものと全くの同機種が数台あったとは到底考えられない。

従って、そのカメラはジョージ・マロリーが使っていたカメラそのものである可能性が極めて高く、そのカメラのフィルムを現像すれば、ジョージ・マロリーのエベレスト登頂の決定的証拠となり得るはずなのです。

深町はマロリーのカメラを150ドルという破格の値段で購入し、ホテルに持ち帰りました。無論、そのカメラのフィルムの行方を探るためです。

ところが、カメラは盗まれてしまいます。滞在中のホテルでの出来事でした。

エベレスト登攀記録史を根底から覆す可能性が極めて高いカメラ、深町は必死になってそのカメラの行方を追います。

ありとあらゆる情報網を駆使し、カメラの行方の手がかりを探しますが、外国人である深町の搜索は難航します。

それでも並々ならぬ意欲でカメラの手がかりへと食らいつき、ついにカメラの強力な手がかりにたどり着くのです。それがビガール・サン(ネパール語で毒蛇の意)との出会いでした。

深町は、もともとカメラはビガール・サンが持っていたものだということを突き止め、そしてそのビガール・サンこそが、かつての天才的登山家、羽生丈二であることを知るのです。

深町は、カメラの捜索を通して羽生丈二という人間を知り、やがて深町の興味はカメラから羽生丈二へと移ることになるのです。

なぜ、羽生丈二はビガール・サンを名乗り、ネパールにいるのか?
なぜ、羽生丈二はマロリーのカメラを持っていたのか?


幼い頃に両親を亡くした羽生丈二は中学生の頃、国内トップクラスの登山家が所属する清風山岳会に半ば無理やり入会、メキメキとその頭角を現します。
山岳会入会から数年後、国内トップクラスの実力を持つまでになった羽生丈二ですが、仲間意識のかけらもない独善的な性格、人を見下す態度で次第に孤立していきます。

そして、自分より実力が劣るはずの登山家がエベレスト登山隊に選出される、自分を先生と慕う後輩の転落死などを通して、羽生丈二はますます人を遠ざけるようになるのです。

深町は、カメラを捜索する中でそんな羽生丈二のストイックなまでの山へのこだわり、その登山スタイルに惹かれ、やがて羽生丈二がエベレスト登山ルートの中でも最難関である南西壁冬季無酸素単独登頂に挑戦しようとしていることを突き止めます。
羽生丈二の人生をかけた挑戦に何としても立ち会いたい!そんな思いから深町は、体力の続く限りカメラマンとして羽生丈二ついて行くことを申し出、そして許されます。

お互い何が起こっても助けない、という約束のもとで・・・
以前、山に”似合う”車ということで記事を書いたことがありました。

「山に”似合う”車とは?雰囲気重視の車選び」

登山をするために「便利な」ということではなく、山に合う車は何か?ということで
私がシェアした車がミニクーパーでした。

街乗りのイメージが強い車ですが、実はかつてラリーで優秀な成績を収めたこともある
悪路にも強い、とてもパワフルな車なのです。

しかも、小さいボディーにも拘らず内装は広く、登山で使う程度の荷物ならば楽々入ります。
さすがに車中泊はちょっと辛いのですが、それは外にテントを張って解決!

まるで自分の相棒のような、親友のようなミニクーパーが最も山に似合う車と思っています。

「神々の山嶺」を山岳小説の傑作にした魅力とは

実際に存在する登山史の謎を巧みに物語の中に取り入れている点、そしてエベレストのみならず国内の山も含めた登山の過酷さを表現する文章テクニックなど、魅力に溢れた素晴らしい小説、まさに傑作です。

中でも羽生丈二という人間の持つ不思議な魅力が、読む人を惹きつけて止まないのではないかと思うのです。

残念ながら、もし私の身近に羽生丈二のような人がいたら・・・会社の同じ部署に羽生丈二のような人がいたら・・・あまり嬉しくはありません 笑

しかし、より難関な登攀ルートを制覇することに喜びを感じ、ストイックなまでに自分を追い込むその姿は、自宅と会社の往復の毎日を送るだけの世のサラリーマンたちには深く共感する部分があるような気がします。
[羽生丈二]
これのためならば、たとえ死んでしまっても本望だっ!

そんな夢中になれるものに出会うことができた羽生丈二は、私生活が恵まれないものだったとしても、夢半ばで命を落としてしまったとしても、すごく幸せな人生を歩んでいるように思います。

羽生丈二の生き様こそ「神々の山嶺」の最大の魅力!私はそう思うのです。

あなたはどのように感じましたか?

「神々の山嶺」の映画化

数年前に私も劇場へと足を運びましたが、実はこの「神々の山嶺」映画化されています。

かつて多くの小説が、映画として生まれ変わり、幾つもの素晴らしい作品が発表されました。中にはそうでもない作品もありましたが・・・

この「神々の山嶺」の映画化については、私は大成功だったように思います。

何よりもキャストが素晴らしかった!
羽生丈二役に阿部寛、深町役にV6の岡田准一などなど・・・

主役級の2人のキャスティングはまさに私の頭に描いた人物像にピッタリでした!

しかもこの映画、なんと実際にエベレストで撮影がなされ、主役の2人は本当に登山スキルを磨いたと言います。
まるで、本当にこれからエベレスト登頂を目指すかのように

そして劇場で流れた映像は、まさに私の頭の中の想像をそっくりそのまま具現化したかのような、自分の頭の中を覗いているような感覚でした。

物語としては決して明るいものではなく、どちらかというと暗い部類に入ると思いますが、暗い部分をエベレストの壮大な景色とキャストの名演技でバランスをとっているかのような映画です。

もしあなたが登山に興味を持っていなかったとしても、楽しめる映画であることは間違いありません。

残念ながら、映画館で上映される時期はとっくに終わっていますが、レンタルDVDでご覧いただくことを強くオススメします!
ただ、考えが凝り固まってしまってはよろしくない。もちろん今でも山に似合う車は何かと問われれば迷わずミニクーパーと答えますが、世界でも有数の自動車大国である日本に国籍をもつ私。

ミニクーパーに代わる、山に似合う自分の相棒のような親友のような日本車は果たして存在するだろうかと考えたことがありました。

そして、これまで5台もの国産車を乗り継いできたのですが・・・しかし、ついにそんな車に出会うことはありませんでした。

もちろん、国産車はどれもものすごく優秀です。メーカーや車種によって、それぞれ多少の違いはあるものの、どの車も

●燃費が良い
●故障はほぼ皆無
●スムーズに走る
●外観がおしゃれ
●インテリアも充実
●車内空間が快適
●機能が充実

・・と、まるで非の打ちどころがないのです。世界中どこに行っても必ず日本車が走っているという話を聞いたことがありますが、本当に頷けます。
あなたもニュースなどで、中東の紛争地帯を走る「TOYOTA」と表示されたトラックを見たことがあるかもしれません。

それくらい日本車は本当に優秀なのですが、ただ・・・優秀すぎるのです。

山に似合う車は問題児

山に似合う日本車とは

それでもあえて日本車を登山の相棒にするならば、どんな車があり得るか?考えてみました。
条件を上げてみると・・・

●比較的構造がシンプル
●荷物を沢山積める
●無骨もしくは親しみやすいデザイン
●サイズは小さめ
●悪路に強い
●マニュアル車

・・・といったところでしょうか。
そんな車をここでピックアップしてみます。もしかしたら、あなたの愛車が入っているかもしれませんね!



スズキ・ジムニー SJ30型
販売  1981年
排気量 550cc
変速機 4速マニュアル

林道や山道を走るため、またはアウトドアスポーツのために作られたジムニーです。悪路に強く、また操作性にも富んだモデルです。内装を比較的広く取っており、車後部からの荷物の出し入れができるため、非常に使い勝手がいいモデルです。また、今から40年近く前に販売された車であるため、内部構造もシンプルで、ある程度の故障は自分でどうにかなります。
一般的に「山に似合う車」と言うとこのジムニーを連想する人が多いのではないでしょうか。


三菱・パジェロミニ 初代
販売  1994年
排気量 660cc
変速機 5速マニュアル

大型のRVである三菱パジェロの技術を、軽自動車のサイズに凝縮したとされる車です。ジムニー同様、悪路に強く操作性にも富んでおり、また内部も広々としています。デザインもジムニーと似ていますが、先ほどのジムニーの約10年後に登場したモデルであるため、ボンネット内のブラックボックス化が少々進んでおり内部構造は複雑です。相棒に山に似合う日本車となり得るか否かは未知数でしょう。



三菱ジープ・J54
販売  1971年
排気量 2650cc
変速機 5速マニュアル

これぞ山の車の王道!三菱ジープです。山の中の悪路を走るのならば、この車に勝るものはないでしょう。多少のへこみや傷も全く気になりません。むしろ、多少汚れた方が雰囲気のあるジープになるかもしれません。鬱蒼とした森林や林をバックに写真を撮ると、すごく絵になります。アウトドアを愛する者ならば一度はあこがれる車です。ただ、排気量を見ていただければわかるようにかなりの大型です。また天井は幌だけなので、積み込んだ荷物を安心して保管できるかというと・・ちょっと心配です。
登山に似合う車には違いありませんが、ちょっと特殊過ぎる車かもしれません。例えるならば、やんちゃなガキ大将と付き合うようなものかもしれません 笑



スバル・サンバー VB 4WD
販売  2005年
排気量 660cc
変速機 4速オートマチック

燃費の良さ、荷物の許容という点ではこの車が大変有効です。また操作性も良く、多少の悪路も問題なく走ることができる点は日本車の優秀さがキラリと光るところでしょう。さらに積み荷が少なければ、車内での宿泊もできる点が最大の魅力です。例えば、前日にこの車で山の麓まで走って、そこで宿泊。翌日早朝に登山開始!ということもできるわけです。ただ山に似合うかというと・・・未知数です 笑



ホンダ・アクティトラック VHA4
販売  1993年
排気量 660cc
変速機 4速マニュアル

別に毎朝魚河岸に魚を仕入に行くわけではありませんが、この軽トラックほど使い勝手のいい車はありません。燃費も操作性もまったく問題なく、荷物も助手席に積めば安心です。見た通り車のサイズも小さく、デザインも親しみがわきます・・よね 笑 そして構造も実にシンプルで、ある程度の悪路ならば問題なく走ります。各農家に1台は必ずありそうな車ですが、その理由もよくわかります。以外にも、ミニクーパーに次ぐ山に似合う車の最有力候補?かもしれません 笑


ホンダ・シビック 4代目EF型
販売  1987年
排気量 1600cc
変速機 5速マニュアル


実はこの車、私がかつて乗り継いできた車の中の1台です。
なぜこの車をピックアップしたのか。それは私が乗り継いできた車の中で最も親しみを感じた車だったのです。年式が古いため構造が比較的単純で、操作性、荷物の許容性も全く問題なし。排気量が少々大きいため燃費があまりよくありませんが、多少の悪路ならば何の問題もなく元気に走ります。かつて、走り屋と呼ばれる暴走族が自分好みに改造して山道の峠をレース場に見立てて運転技術を競う非合法なレースが行われていたのですが、そこでこの車がよく使われていました。構造が単純なため、改造がしやすかったのです。ただ、山に似合う車かというと・・・ちょっと違う気がしますが 笑

最後に

いかがでしたか?
今回は、私が登った30座の中でも特に良い印象の強い、そして登山初心者向けの山

・武尊山
・赤城山


についてシェアしました。

登山の魅力は何と言っても、頂上に登った時の達成感、壮大な景色、雄大な自然ではないでしょうか。

いくらあなたが登山初心者と言っても、あまりにも楽に頂上にたどり着いてしまうと達成感を味わえない・・・

かと言ってあまりにも困難な山だと登頂できない・・・

今回あなたにシェアした2座は、そんな絶妙なバランスを保った山だと思います。

登山の素晴らしさをあなたに知っていただきたい!そんな思いを込めてこの記事を書きました。是非ともこの記事を参考にしていただきたいと思います。

それでは、今回はこの辺で!またお会いしましょう!

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